並木の梢
並木の梢が深く息を吸って、
空は高く高く、それを見てゐた。
日の照る砂地に落ちてゐた硝子を、
歩み来た旅人はあわてて見付けた。
山の端は、澄んで澄んで、
金魚や娘の口の中を清くする。
飛んでくるあの飛行機には
昨日私が昆虫の涙を塗っておいた。
風はリボンを空に送り、
私はかつて陥落した海のことを
その浪のことを語らうと思ふ。
騎兵連隊や上肢の運動や、
下級官史の赤靴のことや、
山沿ひの道を乗り手もなく行く
自転車のことを語らふと思ふ。
逝く夏の歌
中原中也
Posted by ryuichy
2002年08月21日 01:34